--------- MAY.23.2020 / Blog ----------
無関心の先にあるもの
秋が深まっていく
この数日で、一気に寒さが忍び寄ってきました。
衣替えしないと。
オーストラリアでは、徐々に生活が戻ろうとしています。
お互いの距離を保つこと、お店に入る人数の規定等はありますが、
コロナ感染なんてここには無かったかのような、市民の日常風景を目にします。
このパンデミックから、それぞれ何を学んだのだろう。
これからの社会の在り方、未来を考えると、ちょっと不安な、今日この頃。
今回は、このパンデミックで感じた事を書こうかな、と思います。
パンデミック。
一番感じたこと。
人々が、ヒステリックで、パニックになっていた。
TV等からの情報だけを当てにして、うわべの事に流され、
自分達で何が起こっているか調べず、理解していない事の現れ。
不安と恐怖で、我を忘れる。
ちょっと話が逸れますが、
アマゾン、オーストラリアの大規模な自然火災があったのは、たった数か月前の事。
来年も同じような事が起こりえる事は、高い確率で言えます。
この大規模な火災の一因であり、そして最大の主因。
温暖化により、気温上昇が続き、ユーカリの自然発火が頻発し、引火が続いた事。
オーストラリアは乾燥地帯なので、毎年山火事は起きています。
しかし、今回の山火事は今までのとは、違いました。
” オーストラリアでは自然発火による山火事が多いが、ユーカリがその一因である。ユーカリの葉はテルペンを放出するが、気温が高いとその量が多くなるので、夏期にはユーカリ林のテルペン濃度はかなり上昇する。テルペンは引火性であるため、何かの原因で発火した場合、燃え広がり山火事になるのである。” [Wikipedia]
という事は、気温が常に上昇している今、今後毎年起きる可能性は大きいということです。
人間は、早急な改善、改革が求められています。
昔からずっと、ひたすらに唱えられていた”自然環境保護”
残念ながら、行動が言葉に伴わず、
保護だけにより環境破壊を抑えれるレベルを既に超えている事は、みなさんもご存じかと思います。
現状、私たちが護れる環境は、既に壊滅、全滅、消滅に近い状況
だと言っても、過言ではありません。
求められている事は、人間の生活の仕方 そのものを変える事。
一人ひとりが見直す事が、早急に求められています。
今すぐに!
と、みんなが自然火災の際に改めて団結をしました。
世界が興味を示し、オーストラリアの住民がそれを肌で感じたのは、
たった数か月前のこと。
しかし、
コロナ感染の事があり、すっかり忘れているかのようです。
どの国も同じです。
過去の話になってしまったのです。
どうして、こうなってしまうのでしょう。
Credit: @AtwalAjit Source: Twitter
Credit: @4yourknowledge
Source: instagram
Credit: @AtwalAjit Source: Twitter
これらの写真は、パニックになり食品を買い溜め賞味期限がきてしまったからと、開封もせずに捨てられた物たち。
そして、そこら中に捨てられた使用済みのゴム手袋たち。
ありえない。
とても悲しい。
目の前に、問題が明らかに見えているにも関わらず、見えていない。
何も考えていない。
“無関心” 最大の敵
“Love and hate are not opposites. The opposite of love is indifference.”
“愛と憎しみは対義語ではない。 愛の反対は、無関心である”
Alexander Sutherland Neill 著書 「Summerhill」 より引用した言葉。
マザーテレサ、ダライ・ラマ14世等、人々の心に寄り添い、平和への導き手である方達も、
スピーチ等で同様の事をお話されていますね。
“無関心” である限り、そこに”愛” は間違いなくない。
ということ。
考えると、皆さんの身近な事柄を挙げても、
昔から、人の、他に対しての無関心な行為、言動は、糸も簡単に人を傷つけ、殺めていますよね。
当の本人は知らない。 気づかない。どうでもいい。興味なし。自分は関係ない。
そこに、愛は存在しない。
この地球へ、人がしている事も全く同じ。
自分たちが住むこの地球をイジメて。
そのイジメが起きている事に対して、知っているのに、見て見ぬふりをして。
口だけでは、地球を守ろうと言って。
そこに、愛はない。
人それぞれが、自分のそばにいる、他の人それぞれを、
敬い、寄り添い、優しさで互いを包み込める事が出来た時に、
地球を、真の心から、救い守ろうと思えるのではないかな、と思います。
周りで、悲しい思い、惨めな思い、辛い気持ちで過ごしている人に関心を持たず、
助けようと、守ろうとせず、
その人たちの横で、地球を守ろう!と言えるのは、私はおかしな話だと思いますし、
人に関心がない人に、心の底からの思いで地球を守る事は、きっと出来ないと思います。
周りにいる誰にも、愛を無条件に注ぎ、温かさを分け与えれる人、
他人、物事に関心を持ち、意識して関わっていく社会を築かなければ、
愛がなく、愛を知らない人に溢れ、他に無関心で、
表面上だけの人間関係の世界。薄情な世界となる。
そんな何もかもが薄っぺらい世界で、地球を守ろうと真から思う人が果たして多くいるでしょうか。
みなさんは、如何ですか。
皆さんは、愛を無条件に、与え続ける事が出来る方々だと信じています。
人の心に寄り添える、愛に溢れた方ばかりだと感じます。
与える事が出来ていなくても、人の悲しみや弱さに気づいてあげれる方だと思います。寄り添ってあげたいとおもっている方だと思います。
みなさんが集まれば、きっと愛がもっと世界に溢れます。
愛に溢れた社会にする為。
そして、地球を愛で溢れた場所にし、
人も動物も、地球も、みんなが、自分がとても愛されている事を感じ、優しくなれるように。
小さな事でもいい。
近所の方に「おはようございます」と挨拶するだけで、全然違います。
挨拶に慣れていない近所の方は始めはビックリされたり、無視されるかもしれませんが、気にしないで。
相手も挨拶される事に、慣れていないからなだけ。
まずは自分から!
気持ち良い挨拶は、それだけでエネルギーを与える事が出来ます。
挨拶をするという事は、”その人がそこにいる。” と認めているという事。
その人の、”存在” を認めているという事。
それを人は感じ、自分がそれに反射出来なくても、なんだか嬉しくなるものです。
存在を認めてくれているから。
“私はここにいるんだ”
そして、挨拶をした自分の心も、ちょっぴり温かく感じます。
その温かさは愛で出来ている。
こんな小さな事で、誰かの1日を明るくすることがある。
こんな小さな事で、自分の1日の景色が明るく変わることがある。
その明かりは、愛で出来ている。
小さな一歩から。
始めましょう。
どんな一歩を踏み出せれるかは、また今度ご一緒に考えましょう♡